東京高等裁判所 平成10年(行ケ)50号 判決 1998年11月26日
新潟県柏崎市西本町二丁目8番14号
原告
株式会社大吉堂
代表者代表取締役
相沢明
訴訟代理人弁理士
伊藤浩平
長野県諏訪郡富士見町落合9984番地
被告
富士製鋸株式会社
代表者代表取締役
窪田秀登
訴訟代理人弁護士
福原弘
同
白井徹
同弁理士
田辺敏郎
主文
特許庁が平成8年審判第3695号事件について平成9年12月25日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第1 原告が求める裁判
主文と同旨の判決
第2 原告の主張
1 特許庁における手続の経緯
原告は、意匠に係る物品を「のこぎりの柄補強用金具」とし、その形態を別紙Aのとおりとする登録第883953号意匠(以下「本件意匠」という。)の意匠権者である。なお、本件意匠は、平成3年3月6日に登録出願(平成3年意匠登録願第5795号)され、平成5年8月27日に意匠権設定の登録がされたものである。
被告は、平成8年3月14日に本件意匠の登録を無効にすることについて審判を請求し、特許庁はこれを平成8年審判第3695事件として審理した結果、平成9年12月25日に「登録第883953号意匠の登録を無効とする。」との審決をし、平成10年1月21日にその謄本を原告に送達した。
2 審決の理由の要旨
別紙審決書「理由」写しのとおり(審決における「甲号意匠」は、別紙B表示のものである。以下「引用意匠」という。)
3 審決の取消事由
本件意匠と引用意匠が審決認定の差異点を有することは認める。しかしながら、審決は、共通点の認定並びに差異点イ及びロの判断を誤った結果、本件意匠は引用意匠に類似すると判断したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。
(1)共通点の認定の誤り
審決は、本件意匠と引用意匠は、受け部(替刃式鋸の刀身の中子(柄の中に挿し込まれる部分)を挟む部分)が、全長に対してかなりの長さを占めている点で、共通する旨認定している。
確かに、甲第4号証(実用新案公報)を実測すると、引用意匠は、本体の全長が4.6cmであるのに対して、受け部の長さは3.3cmであるから、受け部は全長に対して72%であって、かなりの長さといえる。
しかしながら、甲第3号証(意匠公報)を実測すると、本件意匠は、本体の全長が8.4cmであるのに対して、受け部の長さは4.3cmであって、受け部の長さは全長の51%にすぎず、全長に対してかなりの長さとはいえないから、審決の上記認定は誤りである。
(2)差異点イの判断の誤り
審決は、受け部より下方(握り側)の部分(以下「基端部」という。)の長さについて、本件意匠の基端部は、引用意匠の基端部をそのまま延長したものであって、意匠的にさほど評価できず、差異点イは微弱な差異である旨判断している。
審決の上記判断は、全長に対してかなり短い基端部を備える引用意匠の美感と、この基端部を延長した本件意匠の美感の違いを全く考慮しておらず、不当である。
すなわち、前掲甲第4号証を実測すると、引用意匠の基端部の長さは、本体の全長4.6cmに対し0.7cmであって、わずか15%にすぎないうえ、その末端は角張っている。これに対して、前掲甲第3号証を実測すると、本件意匠の基端部の長さは、本体の全長8.4cmに対し3.6cmであって、約43%に及ぶうえ、その末端には丸味が付けられている。
その結果、引用意匠が、全体として武骨な印象を与えるのに対して、本件意匠は、全体としてスマートで垢抜けた印象を与えるので、各意匠の美感は大きく異なっている。
したがって、差異点イは微弱な差異であるとした審決の判断は、誤りである。
(3)差異点ロの判断の誤り
審決は、ビス孔が設けられている位置について全く触れないまま、差異点ロは微弱な差異である旨判断している。
しかしながら、引用意匠のビス孔は1つであって、しかも、それは受け部の基端(握り側)に極めて近い位置に設けられている。これに対して、本件意匠のビス孔は2つであるうえ、いずれも受け部の基端から離れた位置に設けられており、そのうちの1つの位置は、本体の基端に極めて近い。
以上の違いは、物品全体の美感に大きく影響するから、差異点ロは微弱な差異であるとした審決の判断も、誤りである。
第3 被告の主張
原告の主張1、2は認めるが、3(審決の取消事由)は争う。審決の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。
1 共通点の認定について
原告は、引用意匠の受け部の長さは、全長に対してかなりの長さといえるが、本件意匠の受け部の長さは全長の51%にすぎず、全長に対してかなりの長さとはいえないから、審決の共通点の認定は誤りである旨主張する。
しかしながら、本件意匠の受け部の長さも、全長の半分を越えているのであるから、これを全長に対してかなりの長さを占めるとした審決の認定を誤りということはできない。
2 差異点イの判断について
原告は、差異点イに係る態様によって、本件意匠の美感と引用意匠の美感とは大きく異なる旨主張する。
しかしながら、審決が説示しているとおり、本件意匠の基端部の形状は、長い中子を交換する際に生ずる不都合を解消するために、長い形状を採用せざるをえなかったというにすぎず、何らの創作性もないものである。そして、本件意匠の要部は、受け部の形状であって、基端部の長短は物品全体の美感を左右しないから、原告の上記主張は失当である(現に、本件意匠の類似2の意匠は、受け部が極めて長く、したがって、基端部は、引用意匠に比較しても短い。これは、本件意匠の要部が受け部の形状にあることを明らかにしているというべきである。)。
3 差異点ロの判断について
原告は、ビス孔の数だけでなく、それが設けられている位置によって、各意匠の美感は大きく異なる旨主張する。
しかしながら、本件意匠のビス孔の数及び位置は、長い本体をのこぎりの柄に確実に固定しようとすれば、必然的に決定される事項にすぎず、何らの創作性もないものである(現に、本件意匠の類似1の意匠には、ビス孔が1つしか存在しない。)。そして、このような物品のビス孔の数及び位置が、見る者の注意を引くことはありえないから、原告の上記主張も失当である。
理由
第1 原告の主張1(特許庁における手続の経緯)及び2(審決の理由)は、被告も認めるところである。
第2 そこで、原告主張の審決取消事由の当否について検討する。
1 共通点の認定について
原告は、引用意匠の受け部の長さは本体全長の72%であるから、全長に対してかなりの長さといえるが、本件意匠の受け部の長さは本体全長の51%にすぎず、全長に対してかなりの長さとはいえないから、本件意匠と引用意匠は、受け部が全長に対してかなりの長さを占めている点で共通するとした審決の共通点の認定は誤りである旨主張する。
検討すると、甲第3号証(意匠公報)及び第4号証(実用新案公報)によれば、本件意匠及び引用意匠の各受け部の長さが、本体の全長に対して占める割合は、概ね原告が主張するとおりであると認められる。その結果、本件意匠に係る金具が、受け部と基端部の2つの部分から構成されているように見えるのに対して、引用意匠の金具は、ほとんど受け部を構成するためのものであって、基端部はこれを固定するための付属的な部分にすぎないようにも見えるため、各意匠が与える印象には明らかな差異があるということができる。
そうすると、受け部の長さが本体全長に対して占める割合の違いを、本件意匠と引用意匠の差異点として認定せず、この差異点が各意匠の美感にどのように影響するかを判断しなかった審決には、その結論に影響を及ぼすべき認定の誤りがあるといわざるをえない。
2 差異点イの判断について
原告は、差異点イに係る態様によって、本件意匠の美感とと引用意匠の美感は大きく異なる旨主張する。
検討すると、差異点イ、すなわち、基端部の長さの差異は、上記の、受け部の長さが本体全長に対して占める割合の差異と、ほとんど裏腹の関係にある。したがって、差異点イが各意匠の美感に及ぼす影響は、上記のとおり、到底無視できないものというべきである。
のみならず、前掲甲第3、4号証によれば、本件意匠の基端部の両末端には、滑らかな丸味が付けられているのに対して、引用意匠の基端部の両末端は、直角に形成されていることが認められる。
その結果、物品全体として見ると、本件意匠が、非常にスマートでありながら、軟らかい印象をも与えるのに対して、引用意匠は、かなり骨太で、硬い印象を与えることは、何人の目にも明らかというべきである(付言すれば、この印象には、本体の全長と、本体の中央の高さの比率の違い(前掲甲第3、4号証によれば、本件意匠のそれが約8.35:1であるのに対して、引用意匠のそれは、ほぼ半分の約4.18:1にすぎないことが認められる。)が、大きく影響していることはいうまでもない。)。
したがって、本件意匠の基端部は意匠的にさほど評価できず、差異点イは微弱な差異であるとした審決の判断は、誤りである。
この点について、被告は、本件意匠の類似2の意匠の形態を論拠として、本件意匠の要部は受け部の形状であって、基端部の長短は物品全体の美感を左右しない旨主張する。
確かに、本件意匠において、見る者の注意を最も引く部分は、受け部の形状、とりわけ左右の側面図にみられる特異な形状であるといえる。そして、本件意匠に係る物品である「のこぎりの柄補強金具」の取引者・需要者は、のこぎりの製造業者であるから、刀身の中子が容易に着脱でき、かつ、確実に固定できるかどうかという視点から、受け部の形状に注目すると考えられる。しかしながら、刀身の中子が確実に固定されるためには、金具自体が柄に強固に固定されていなければならないから、取引者・需要者が、基端部の形状に注目しないとは、到底考えられない。したがって、基端部の形状も本件意匠の要部というべきであるから、その長短は物品全体の美感を左右しない旨の原告の主張は、採用することができない。
なお、被告は、本件意匠の基端部の形状は、長い中子を交換する際に生ずる不都合を解消するために、長い形状を採用せざるをえなかったというにすぎず、何らの創作性もない旨主張する。
しかしながら、意匠の構成が決定された理由と、その結果として創案された意匠が生ずる美感とは、全く別個の問題であるから、被告の上記主張は失当である。
3 差異点ロの判断について
原告は、本件意匠に係る物品においては、ビス孔の数だけでなく、それが設けられている位置によって、意匠の美感は大きく異なる旨主張する。
検討すると、前掲甲第3、4号証によれば、本件意匠と引用意匠におけるビス孔の数とその位置は、基端部の長さの大きな違いとあいまって、一見しても全く異なる印象を与えることが明らかである。本件意匠の類似1の意匠のビス孔が1つであることのみをもって、本件において、本件意匠と引用意匠との対比に際して考慮すべき事項であるとすることはできない。
したがって、差異点ロは微弱な差異であるとした審決の上記判断も、誤りといわなければならない。
この点について、被告は、本件意匠のビス孔の数及び位置は、長い本体をのこぎりの柄に確実に固定しようとすれば、必然的に決定される事項にすぎず、何らの創作性もない旨主張するが、この主張が失当であることは、前記のとおりである。
4 以上のとおり、審決は、共通点の認定及び差異点イ、ロの判断をいずれも誤っており、これらの誤りが、本件意匠の登録を無効とした審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。
第3 よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は、正当であるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結日 平成10年10月27日)
(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 春日民雄 裁判官 宍戸充)
別紙A
<省略>
別紙B
<省略>
理由
第1 請求人の申し立て及び理由
請求人は、結論同旨の審決を求める、と申し立て、その理由として要旨以下のとおり主張し、立証として甲第1号証乃至甲第9号証を提出した。
本件登録意匠は、本件登録意匠の出願日前である昭和61年10月16日に我国において公開された本件登録意匠と同一出願人に係る昭和61年実用新案出願公開第166801号公開実用新案公報(甲第2号証)の図面に表わされた意匠(以下「甲号意匠」という。)と同一又は類似する意匠であり、意匠法第3条第1項第2号若しくは第3号及び第3条第2項に該当し、意匠法第48条により無効とされるべきである。
第2 被請求人の答弁の趣旨及び理由
被請求人は、本件審判請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする、との審決を求める、と答弁し、その理由として要旨以下のように主張した。
本件登録意匠と甲号意匠の形状は同一でないから、意匠法第3条第1項第2号の規定には該当せず、また両意匠は、類似しないから同法同条同項第3号の規定にも該当しない。また両意匠に係る物品は同一であるから同法同条第2項の規定にも該当しない。
第3 当審の判断
1、本件登録意匠
本件登録意匠は、平成3年3月6日に意匠登録出願をし、平成5年8月27日に意匠権の設定の登録がなされたものであり、願書及び願書に添付された図面の記載によれば、意匠に係る物品を「のこぎりの柄補強用金具」とし、その形態を別紙第1に示すとおりとするものである。
2、甲号意匠
請求人が示した甲号意匠は、昭和61年10月16日に公開された昭和61年実用新案出願公開第166801号公開実用新案公報記載の図面に表された「替刃式鋸の受け金具」の意匠であって、その形態を別紙第2に示すとおりとするものである。
3、本件登録意匠と甲号意匠の類否判断
<1>両意匠の比較
本件登録意匠と甲号意匠は、その用途及び機能が同一であるから、意匠に係る物品が一致し、その形態については以下の共通点及び差異点がある。
即ち、まず共通点について、(1)両意匠は、本体が、先端部から基端部に向かって徐々に幅を狭くしてゆく左右対称の略縦長薄板状のものであって、その本体両側部に形成された、鋸の中子を挟持するための受け部、本体基端部に穿設された、本体を柄に係止するためのビス埋め込み用の孔部、及び中子挿入方向の先端部を中子挟持用の受け部と逆方向に直角に折り曲げて形成された、略横長矩形状の舌部によって構成された基本的構成態様が共通する。また、具体的な態様において、(2)受け部につき、本体の両側部を内側に向け屈曲して形成した細幅板状のもので、本体両側の上方部分及び下方部分を除く部分において、全長に対してかなりの長さを占めて突設されている点、が共通する。
次に差異点について、各部の具体的な態様において、(イ)本体の受け部より下方の部分の長さにつき、本件登録意匠は本体の全長の半分よりやや短いものとしているのに対し、甲号意匠は、全長に比べかなり短いものとしている点(ロ)ビス埋め込み用孔につき、本件登録意匠は2箇所に設けているのに対し、甲号意匠は1個所にのみ設けている点、(ハ)受け部の断面形状について、本件登録意匠は略「L」字状としているのに対し、甲号意匠は略「コ」字状としている点、が主な差異点としてあげられる。
<2>両意匠の類否
そこで上記の共通点と差異点について検討すると、まず共通点について、両意匠の共通する基本的な構成態様は、形態全体の基調をなすところであり、また具体的態様において、受け部が、本体両側の上下方部分を除く部分の両側部にかなりの長さを占めて、内側に屈曲して細幅に突設された態様は、両意匠を特徴付けるものであるから、これらが相俟って両意匠の類否判断の要素として相当の重みを持つものというべきである。したがって、この共通した構成態様は、両意匠の類否判断上の要部を形成するものである。
一方、差異点について、前記(イ)については、被請求人自らも以下のように述べているとおり、即ち、甲号意匠が比較的小型の鋸用であるのに対して、本件登録意匠は、比較的大きな鋸用のものであり、その長い中子を挟持する受け部の長さを、中子に合わせて長く形成した場合は、中子の両側部と受け部の接触部分が長くなるため、接触部分の摩擦力が大きすぎて鋸板の入れ替えの際に非常に強い力が必要とされ、円滑さに欠けるものであって、このような不都合を解消するために、本件登録意匠が創作されたのであり、本件登録意匠は、機能を追求した結果として生じた意匠である、との主張にも見られるように、本件登録意匠の当該部の形状は、鋸の中子の大小に伴う技術的な必然性から生じた形状といえ、甲号意匠の基端部をそのまま延長したまでにすぎず、意匠的にはさほど評価をすることができないものであるから、両意匠の当該部分の差異は、微弱な差異というべきである。(ロ)については、本件登録意匠が、本体と柄を確実に係止するために、ごく普通のビス孔を更に1個設けたまでにすぎず、微弱な差異である。(ハ)については、本件登録意匠の略「L」字状の受け部の形状は、従来から見られるもので(例えば、実用新案公開昭和50年第108097号記載の第4図に見られる替刃鋸のテーパー蟻溝部)、本件登録意匠独自の特徴とはいえないものであるから、その差異は微弱な差異といわざるを得ない。
そうして、これらの差異点が相俟って生じる効果を勘案しても、両意匠の類否を左右する程のものということはできない。
以上のとおり、本件登録意匠と甲号意匠とは、意匠に係る物品が一致し、その形態については、差異点が類否判断を左右するほどのものといえないのに対し、共通点は両意匠の類否判断上の要部を形成するものであるから、共通点が差異点を凌駕しており、両意匠は、類似するというほかない。
4、まとめ
以上述べたとおり、本件登録意匠は、その出願前に頒布された刊行物に記載された意匠に類似し、意匠法第3条第1項第3号に規定する意匠に該当するにもかかわらず同条同項の規定に違背して登録されたものであるから、請求人の他の主張、他の提出証拠を検討するまでもなく、その登録は無効とされるべきである。